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       『連弾』は、瞬篇小説集の書名、『青海波』は中編小説の書名である。さらに「銅鑼連談」は『青海波』の原題である。ところで、この中編小説はなぜ『青海波』と名附けられたのだらう。

    實は、瞬篇小説集の『連弾』には、"青海波"といふ名の別の瞬篇小説が納められてゐる。既刊の瞬篇小説の題名を、全く関連のない別の中編小説の題名として採り上げることは、通常行はない。

       「青海波」の原題は「銅鑼連談」である。その「銅鑼連談」は、俳句誌「鹿火屋」に1986年10月から12回にわたつて連載されたものだ。この原稿が塚本の書庫から見つかつたのは1994年のはじめごろと聞いてゐる。ある事情で個人の私家版として出版された。入稿中に、刊行元の季節社社主・政田岑生氏が急逝されたからである。原稿を見ると、第1回から第12回に分かれてゐるが、各回の小題は、政田の字で書き入れられてゐる。私の推測だが、この小題の書き入れだけでなく、題名の變更も政田が行つたのではないだらうか。たしかに、「銅鑼連談」といふ題名は、この作品の内容には少しそぐはないと思つたのかも知れない。しかし、既刊の小説集『連弾』に納められた"青海波"といふ名稱を、別の小説の書名に當てるとは。當時、政田は病ひと闘つてゐた時期にあり、過去の題名の確認をする體力・氣力が失せてゐたのだらう。

「銅鑼連談」自筆稿写し (ノイズ除去済み)

下の畫像にカーソルを置き、さらに、左をクリックしますとが畫像が變はります。

    ここで、こちらのお話しに移るが、私装本のなかに、『青海波』といふものがある。これは、「連弾」を改装する際、書名を改めたものである。瞬篇小説集はいくつも刊行されたが、「柘榴」以外に二文字は無いはずだ。二文字の題字は背表紙の中で座りが悪い氣もする。それに、「青海波」は内容的にも、目次の位置的にも、この集の中心的作品である。また、本来の「青海波」はこちらだと主張したい氣持ちもある。

    では、小説「青海波」はどうするのか。やはり原題通り「銅鑼連談」でよいだらう。現在、「"銅鑼連弾」の原稿コピーを畫像處理中で、これが終れば、肉筆版「銅鑼連談」を制作するつもりだ。いづれにせよ、塚本が知れば、怒るのは必定だらう。

                                                                               2014/12/15

追記 

     2016年の秋、肉筆版「銅鑼連談」の電子書籍を

              eBooksのページにアップ。

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